ハイサイ!(こんにちは!)
まだまだ夏真っ盛りの沖縄。

県内各地で、三線と太鼓の音が
夏の夜風に乗って聴こえてきます。

その音色の正体は、
沖縄の夏の風物詩エイサーです!

沖縄の伝統芸能エイサー

最近は沖縄県内だけではなく、
県外、そして海外でも踊られている
エイサーを徹底解剖しちゃいますよ!!

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沖縄の踊り『エイサー』

エイサーってなに?

エイサーは
旧盆(旧暦の7月13〜15日 ※2017年は9月3〜5日になります)
に行われる、
先祖供養(無縁仏の供養とも)を
目的とした伝統芸能

旧盆の「ウークイ(盆送りの日)」の夜から
翌日の16日にかけて行われます。

最近では盆入りから3夜連続で
行う地域もあります。
(広域地区では、盆入り前夜から行う地域も!)

今回は、
そのエイサーにまつわるお話を
ユンタク(おしゃべり)しますよ〜!!

エイサーの起源

エイサーの起源は今から414年前の1603年。

琉球(当時の沖縄)に、
袋中上人という浄土宗のお坊さんが訪れます。

当時の琉球国王「尚寧王」の庇護を受け、
琉球での布教活動を行う際に、
一般庶民でも仏様の教えがわかるように、
琉球の言葉と歌に乗せて作った
「念仏歌」が始まりです

念仏歌ができた当時、
城下町首里の一角に念仏歌を歌い、
死者を弔う職能集団
「ニンブチャー(念仏屋、念仏者)」
が形成され、ニンブチャーたちによって
琉球全土へ伝わります。

その後、
時代を経て各地域の青年会に引き継がれ、
現在のエイサーとなっていきます。

エイサーが旧盆に踊られる背景には、
宗教的要素が関係していたんですね!

エイサーの衣装

どんな衣装で踊るの?

今日のエイサーでは、
青年会によって趣向を凝らした
衣装が着けられます。

しかし、戦前は着の身着のままで
踊られていたみたいですよ!

現在の衣装に定着したのは、
戦後に行われていた
「全島エイサーコンクール」
(後の全島エイサーまつり)

当時、コンクールで優勝をするために、
琉球舞踊の衣装を参考にしたと言われています。

それが、以下のような衣装になります。

頭にはマンサージと呼ばれる、布を頭に巻きつけ、
白襦袢、「※ウッチャキ(陣羽織のような袖がないもの)」に、角帯をしめて、
足元は足袋に脚絆といったいで立ちです。

※ウッチャキの語源は、沖縄の言葉で、「羽織る」「(衣服を)着ける」
といった意味の「ウッチャキティ」が語源との説があります!

エイサーの基本的な衣装です

エイサー構成と使用する楽器は?

大太鼓

エイサーの花形といえば、大太鼓!

隊列の先頭に立ち、
およそ5〜6Kgある太鼓を持ち、
ダイナミックに踊る姿は、
みんなの憧れの的ですね!

エイサーの花形といえば、大太鼓!

締太鼓

隊列の大部分を占めているのが締太鼓。
直径一尺(約30㎝)の太鼓を持って、
一糸乱れぬ演舞は見応えがありますね!

ダイナミックで、かつ軽快な演舞が魅力の締太鼓

手踊り

隊列の後方には、太鼓を持たずに、
手踊り(地域によっては、四つ竹や、扇子も使用)
で構成されます。
※戦前は、太鼓は使用せずに手踊りだけの
エイサーがほとんどだったようですよ〜

本当北部の名護市や大宜味村、国頭村には、
今でも手踊りのみのエイサーが伝承されてます。

空手を取り入れた勇壮な踊り

エイサーで使われる曲ってどんなの?

動画で観てみよう!

エイサーで使われる曲は、
それぞれの青年会によって様々ありますが、
必ず使用される曲があります。

それが以下の曲です。
・仲順流り
・久高万寿主節
この2曲は必ずと行っていいほど、どの青年会で踊られますよ!
※視聴の際は、音声のボリュームにご注意ください!

1曲めの仲順流りは、
エイサーが念仏踊りとしての意味をもつ曲です。

歌詞は、親孝行を説いたもので、
仏教の「主師親の三徳」の教えのうち、
親の徳を説いた内容となっているようですよ!

2曲めの久高万寿主節は、
当時の風景を面白おかしく歌ったいわゆる
「遊び歌」になっています。

1番の歌詞を訳すると、、

「久高の万寿主という人は、美しい妾さん(沖縄ではユーベーと言います)を探しているよ!
なんて滑稽で面白い話なんだ!」

と歌ってます。。

エイサーの曲は、
それまでは仲順流りのような、
仏の教えを説いたもの、
死者を弔う内容のみの曲でしたが、
次第に久高万寿主のような
遊び歌も取り入れられて言ったのですね!

本物のエイサーが見たい!

次では、沖縄の観光で、又は沖縄に移り住んで
間もない方の為に、沖縄本島で見る事が出来る
本場のエイサーをご紹介します!
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